清掃会社は日本に何社あるのか? ― 「会社の数」より「自社の勝ち筋」を数えろ!
「清掃会社は日本に何社あるのか?」
統計を引けばすぐ答えが出そうな問いですが、実際には一発で答えが出ません。そして、私たちが本当に見るべきは「全国の会社数」ではなく「自社の戦場」です。
答えを一つに決めても、経営は動かない
一発で答えが出ない理由は、「清掃会社」という言葉の範囲が広すぎるからです。
ビルメンテナンス会社なのか。建築物清掃業の登録業者なのか。定期清掃会社、ハウスクリーニング、エアコンクリーニング専門店まで含めるのか。便利屋や個人事業主、副業ワーカーも数えるのか。どこで線を引くかで、母数はまったく変わります。
たとえば全国ビルメンテナンス協会の資料では、令和6年度の「清掃業」登録営業所数は3,904です。ただしこれは建築物衛生法などに基づく登録数であり、日本中の清掃会社すべてを表す数字ではありません※1。
つまり「答えは3,904」「答えは数万社」「答えは数十万単位」のどれも、見ている世界が違うだけで、どれか一つを正解扱いするのは危険です。地図の縮尺を確かめずに距離を語るようなもので、同じ場所でも数字がまったく変わります。
私たちが本当にやるべきは、真の会社数を当てることではありません。自社がどの市場で戦っているかを見極めることです。
市場規模も「どこまで含めるか」で変わる
これは市場規模でも同じです。
全国ビルメンテナンス協会の実態調査では、2024年度の会員売上は4兆8,141億円、伸び率4.7%とされています※2。一方、矢野経済研究所の2025年調査では、2024年度の国内ビル管理市場規模は5兆1,615億円、前年度比106.9%※3。後者は清掃・設備管理・警備の受託サービスを元請金額ベースで算出し、さらに修繕・改修・リニューアル工事といった周辺業務まで含めています。
清掃だけを見るのか、設備管理や警備まで含めるのか、修繕工事まで広げるのか。これだけで市場規模は数千億円単位で動きます。数字は嘘をつきませんが、前提を隠した数字は受け手の判断を誤らせます。
だから見るべきは「市場は何兆円か」ではなく、その市場のどこを自社が取りにいけるかです。床メンテナンスか、日常清掃か、マンション共用部か、工場・倉庫か、医療・介護施設か。市場全体が5兆円規模に見えても、自社が実際に取れる範囲はその一部です。
逆に言えば、商圏と専門領域を絞れば、全国市場のわずか一部でも中小規模の会社には十分な勝ち筋になります。大事なのは「市場が大きいから安心」ではなく、自社が勝てる切り口を決めることです。
清掃業界は3つのレンズで見る
清掃会社の数を考えるときは、最低3つのレンズで見た方がいいです。
1つ目は、ビルメンテナンス・定期清掃寄りの世界。2つ目は、地域の清掃サービス全般の世界。3つ目は、自社の商圏という本当の戦場です。
「清掃会社は多い」「いや意外と少ない」「競合だらけだ」「でもちゃんとできる会社は少ない」——こうした話が同時に出てくるのは、話し手ごとに見ているレンズが違うからです。
レンズA:ビルメン・定期清掃寄りの世界
オフィスビル、商業施設、病院、学校、工場、マンション共用部など、継続的な維持管理が必要な現場を対象にする世界です。
ここでは「掃除ができます」だけでは選ばれません。仕様書への対応、安全書類の提出、作業員教育、品質管理、欠員時の応援体制、報告書の提出、資機材の適正使用——こうした運用力が問われます。
このレンズでは競合は絞られますが、少なく見えるから楽というわけではありません。相手は、すでに現場を持つ既存業者。多少の不満があっても「変えるのが面倒だから」と契約が続いている相手です。
ここで中小が勝つには、安い見積だけでは足りません。発注者が安心できる理由が要ります。「写真報告を標準化しています」「床材別に洗剤とパッドを固定し、品質のブレを抑えています」「欠員時の応援体制を事前に決めています」「作業記録を残し、次回の見積と精度に反映します」——こうした具体的な仕組みが、価格以外の選定理由になります。
「ちゃんとやります」は誰でも言えます。大事なのは「どうやって、ちゃんとやるのか」まで言えることです。
レンズB:地域の清掃サービス全般の世界
ハウスクリーニング、エアコンクリーニング、退去後清掃、店舗清掃、便利屋、個人事業主、副業ワーカーが混ざる世界です。ここでは競合が一気に増えます。
清掃業は、車と道具があれば始められ、自宅を事務所にでき、SNSで集客でき、資格が必須でない領域も多い。参入しやすさは業界の良さですが、同時に価格競争が起きやすい理由でもあります。
この世界でよくある失敗が「何でもやります」という打ち出しです。床も、エアコンも、水回りも、空室清掃も、草刈りも、片付けも。仕事を取りたい気持ちは分かります。創業期は、来た仕事を断るのが怖いものです。
ただ「何でもできます」は、お客様から見ると「何で選べばいいか分からない」になりやすい。違いが見えなければ価格で比べられ、利益が削られ、人も育てられず道具にも投資できず、また安い仕事を取りにいく。出口の見えない循環です。
抜け出すには「専門領域」と「再現性」が要ります。床メンテナンス、剥離洗浄、石材、工場・倉庫、医療・介護施設、厨房床、夜間対応、業務用エアコン、マンション共用部の定期清掃——どこに強いかを明示する。
専門化とは、仕事を減らすことではありません。選ばれる入口を明確にすることです。「何でもやります」には何でも屋の相談が来て、「床メンテナンスに強い」には床で困っている相談が来る。この違いが、単価にも利益率にも効いてきます。
レンズC:自社の商圏という本当の戦場
3つ目が最も重要です。自社の商圏です。
全国に何社あるかは業界全体を見るうえでは意味がありますが、日々の経営判断に直結するのは全国の母数ではありません。自社が営業できる範囲にどれだけ需要があり、それを何社で取り合い、その中で自社がどのポジションを取るか。こちらの方がはるかに重要です。
たとえば床メンテナンスを主力にしたい会社なら、全国の会社数を調べるより、自社商圏でフェルミ推定(限られた情報から前提を置いて概算する見積もり手法)を置く方が実践的です。
→ そのうち床メンテナンスを外注する可能性を15%と仮定 = 4,500件
→ それぞれ年1回入れると仮定 = 年間4,500件
→ 1社が年間に対応できる件数を120件(週2〜3件)とする
→ 4,500件 ÷ 120件 = 約38社
この仮説では、商圏内に床メンテナンスを主力とする会社が約38社あれば、需要と供給がざっくり釣り合います。
正確な統計ではなく、あくまで仮説です。それでもこの「約38社」が出るだけで見え方は変わります。実際の競合が10社程度なら、まだ余地があるかもしれない。50社以上いるように見えるなら、「床清掃できます」だけでは埋もれる。その場合は床材、現場タイプ、工法、対応時間、報告品質でさらに絞る必要があります。
フェルミ推定の価値は、正確な数字を当てることではなく、経営判断の分岐を作ることです。「たぶん仕事はある」では弱い。「この商圏にはこれくらい需要がありそうだ。だからこの専門領域で、この単価帯を狙う」——ここまで置けると、営業も採用も資機材投資も変わります。
いまの市場は「値上げできるが、人手が苦しい」
もう一つ重要なのが、経営環境です。
全国ビルメンテナンス協会の「ビルメンテナンス情報年鑑2026」では、2025年度の契約改定率(継続物件契約額の対前年度比増加率)が官公庁6.2%、民間10.0%とされています。前回調査の官公庁2.7%、民間2.6%を大きく上回り、価格転嫁が進んでいることを示しています※4。
「値上げは無理」と決めつける時代ではありません。もちろん説明なしの値上げは断られますが、人件費・資材費・品質維持・欠員対応・教育コストをきちんと説明できる会社には、価格改定の余地があります。
一方、人材面は厳しい。同じ調査では、悩みごとの最多が「現場従業員が集まりにくい」で88.5%。続いて「現場従業員の若返りが図りにくい」74.1%、「賃金上昇が経営を圧迫している」67.5%です※4。
つまり、需要はあり、価格改定の流れもある。しかし人が足りず、賃金も上がる。だから安く多く受けるほど苦しくなる。ここを間違えると、売上は伸びても会社は疲弊します。
これから必要なのは、案件数を増やすことではありません。利益が残る案件を、再現性高く、無理のない体制で受けることです。
「清掃会社が多い」のではなく「同じに見える会社が多い」
清掃業界は競合が多い、とよく言われます。より正確に言えば、「同じように見える会社が多い」のです。
ウェブサイトを見ると、どこも似たことが書いてあります。丁寧に作業します。地域密着です。安心価格です。プロにお任せください。見積無料です。迅速対応します。どれも大切ですが、それだけでは選ばれる理由になりにくい。
お客様は清掃の専門家ではありません。床材も洗剤もパッドもワックスも工程の違いも分からないことが多い。だからこそ、私たちの側が「違いが伝わる言葉」に変える必要があります。
「床の状態を見て、適切に作業します」では弱い。「Pタイル、長尺シート、石材など床材ごとに洗剤とパッド、ブラシを使い分け、剥離が必要な現場と洗浄で維持できる現場を分けてご提案します」——ここまで書くと専門性が伝わります。さらに「毎回の作業写真を残し、次回の洗剤濃度・使用パッド・作業時間を記録します」と書けば、再現性も伝わる。
ここまで来ると、ただの清掃会社ではなく「床を管理できる会社」に見えます。価格で比べられる会社になるのか、相談される会社になるのか。分かれ目は、意外と文章と仕組みにあります。
道具・消耗品・手順の標準化が利益を残す
専門化の軸を決めたら、次は現場の再現性です。
清掃業では、同じ作業名でも現場ごとに中身が変わります。床洗浄といっても、床材も汚れ方もワックスの状態も什器の量も作業時間も違う。だから作業者の経験だけに頼ると、品質と利益がブレます。ベテランなら仕上がるが、新人だと時間がかかる。人によって洗剤の濃度もパッドの選定もワックスの塗布量も違い、材料を使いすぎる。
これでは、見積時に読んだ利益が現場で消えます。レシピのない厨房と同じで、誰が作るかで味も原価も変わってしまうのです。
そこで効くのが、道具・消耗品・手順の標準化です。床材ごとの標準洗剤。汚れ具合ごとの希釈倍率。パッドの選定基準。ポリッシャーと自動床洗浄機の使い分け。ワックスの種類と標準塗布枚数。乾燥時間の目安。作業前後の写真ルール。次回提案につなげる記録項目。これらを決めておくと、見積・作業・教育・発注が安定します。
中小では「社長しか分からない」「ベテランしか判断できない」状態が起きやすい。このままだと人を増やしても品質が安定せず、社長は現場から離れられません。逆に定番セットと手順が決まっていれば、育成が早まり、発注ミスが減り、在庫管理がしやすく、利益率も読めます。
つまり資機材の選定は、単なる買い物ではなく、経営の仕組みづくりです。
今日から見るべき5つの数字
経営者が見るべきは、全国の会社数より次の5つです。
② 外注率(そのうち清掃や床メンテナンスを外注する可能性がある割合)
③ 年間作業頻度(年1回か、年2回か、月1回か)
④ 1社あたりの対応可能件数(品質を落とさず年間何件まで対応できるか)
⑤ 粗利が残る案件の割合(案件数が多くても、利益が残らなければ意味がない)
特に最後が重要です。移動距離が長い、作業時間が読めない、追加作業が多い、材料の使用量がブレる、再作業が出る、値引き前提で受注している——こうした案件が増えると、売上はあるのにお金が残りません。
中小は売上規模より「再現性のある粗利」を重視した方がいい。どの作業なら利益が残るか。どの現場ならリピートにつながるか。どの単価以下なら受けないか。どの資機材なら作業時間を短縮できるか。どの作業は協力会社と組むべきか。ここを決めると、営業も現場も強くなります。
結論:清掃会社の数より、自社の勝ち筋を数える
「清掃会社は日本に何社あるのか?」に一つの正解を出すのは簡単ではありません。登録営業所数で見るのか、ビルメン協会の会員売上で見るのか、設備管理・警備・修繕まで含めたビル管理市場で見るのか、地域の清掃サービス全般で見るのか、個人事業主や副業まで含めるのか。レンズによって見え方が変わります。
経営にとって本当に大切なのは、全国に何社あるかではありません。自社の商圏にどれだけ需要があり、それを何社で取り合い、自社はどの専門領域で選ばれ、その作業で利益が残る仕組みがあるか。ここです。
協会のデータが示すのは、売上成長や価格改定の動きがある一方で、人材不足・若返りの難しさ・賃金上昇という課題がはっきり出ている、という現実です。「安く、何でも、たくさん受ける」だけでは厳しい時代だということです。
必要なのは、自社の戦場を決めること。ビルメン・定期清掃寄りか、地域の専門清掃か。床メンテナンスで入るか、業務用エアコンか、工場・倉庫か、医療・介護施設か。夜間対応や報告品質で差別化するか。この軸が決まると、営業の言葉も、ウェブサイトの見せ方も、必要な道具も、教育の内容も、受ける仕事と受けない仕事も変わってきます。
清掃業は、案件を増やせば楽になる業界ではありません。利益が残る案件を、再現性高く、継続して受けられる会社が強い。だから営業トークより先に、現場の再現性を整える。道具・消耗品・手順・報告・見積基準を揃える。そして、自社が選ばれる理由を言葉にする。
「清掃会社は日本に何社あるのか?」——この問いの本当の使い方は、数を当てることではなく、自社の戦場を決めることです。
まずは、自社の商圏で一度、数字を置いてみてください。商圏内の対象現場数、外注率、年間作業頻度、対応可能件数、粗利が残る案件の割合。正確でなくて構いません。ただし前提は必ず書き出す。数字が粗くても、前提が見えれば改善できます。前提が見えれば、次の一手が決まります。
会社の数を当てるより、自社の勝ち筋を数える。
出典
※1 公益社団法人 全国ビルメンテナンス協会「歴年の登録営業所数、警備業法認定業者数」
https://www.j-bma.or.jp/data/22550
※2 公益社団法人 全国ビルメンテナンス協会「歴年の実態調査の概要」
https://www.j-bma.or.jp/data/22541
※3 株式会社矢野経済研究所「ビル管理市場に関する調査を実施(2025年)」
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3954
※4 公益社団法人 全国ビルメンテナンス協会「ビルメンテナンス情報年鑑2026(第56回実態調査結果)」
https://www.j-bma.or.jp/data/115554
※各数値は出典公開時点のものです。最新の数値は各出典元をご確認ください。



























































































